サルサといえば

“サルサ”という音楽をご存知ですか?

1950年代、全世界的に、キューバ音楽が大ヒットしました。
ザビア・クガート楽団、ペレス・プラード楽団、日本でも東京キューバンボーイズ、ノーチェ・クバーナなどのビッグラテンバンドが活躍。
マンボ、ルンバ、チャチャチャのリズムに乗せて、男女が一緒になって踊っていたのです。
70歳台の方なら、いまでも踊れる方は多いのでは。

しかし、いつしかラテン音楽ブームは消えていきました。これは多分に政治的な影響があるのです。
1961年、カストロがキューバ革命を成立させ、キューバは社会主義国になります。
当然それまで自由主義であったものが突然社会主義になる。
多くの人々が、自由の国アメリカに逃げたのです。

その中にはミュージシャンも多くいました。
彼らはニューヨークで生活を始めます。キューバ音楽がジャズやロック、ソウルミュージックと出会うのです。
こうして生まれたのが、“サルサ”です。
(ちなみに政治的な背景についてここでは説明を省略しますが、「自由の国アメリカ」「悪の社会主義国キューバ」という構図は正しくありません)

このサルサ音楽。基本はダンス音楽です。
キューバ系およびプエルト・リコ系の移民が中心になり、音楽として確立していきます。
ラテン音楽専門レーベル、FANIAレコードが全世界にサルサを発信しました。
このレコード会社にはサルサ音楽の大物アーティストが揃い、FANIA  ALL  STARSを組み、世界中でライブを行いました。

日本に入ってきたのは1975年ごろです。
FANIA  ALL  STARSは日本にもやってきました。
私も中野サンプラザのライブに行きました。いまでもよく覚えています。
ちなみに「サザンオールスターズ」はここからネーミングしているそうです。

日本にも、早くからサルサ音楽に取り組んでいたミュージシャンがいます。
松岡直也さん、ピアニスト。
ご存じない方でも、中森明菜の「ミ・アモーレ」の作曲者と言われれば、ああなるほど、と思うのでは。

1970年代から90年にかけて、日本のフュージョンミュージックシーンをリードしたミュージシャンです。
私も大ファンで、いまだに松岡直也バンドのCDをよく聴いています。
なにせ夏っぽい音楽。高中正義さんか、松岡直也さんという感じです。

サルサピアノのポイントは、“son montuno”。
リズムをピアノで刻む演奏スタイル。これがカッコいい。
松岡直也さんはこの名プレーヤーです。ひたすらオクターブでサルサリズムを刻み続けるのです。

その松岡直也さんが、4月29日に永眠されたとのこと。享年76歳。
偉大なミュージシャンがまたひとり世を去りました。でもきっと私は一生聴き続けると思います。
ありがとう。合掌。